丈夫がいいね
(2485)食べる力の衰え(上) 「かめない」が老化を加速 「口腔機能低下症」に注目
 患者の口を診察した瞬間、公立能登総合病院(七尾市)歯科口腔(こうくう)外科部長の長谷剛志医師は愕然(がくぜん)とした。上の歯は数本しかなく、下の歯もまばら。この患者は、まだ40代後半の女性である。
 北陸三県で唯一、摂食機能療法専門歯科医の資格を有する長谷医師は、「こうした中年世代の受診も最近は珍しくありません。食べる力の衰えは40代から始まっています」と危機感をあらわにする。
 この女性患者は虫歯や歯周病を放置したため、32本ある歯(親知らずを含む)が15本にまで減るに至り、ようやくかみ合わせや滑舌の悪さが気になって専門医を頼った。
 これでは食生活に多大な支障が出そうだが、長谷医師の問診に、女性は「普通に食事はできている」と答えた。だが詳しく聞き取ると様々な問題が浮上してきたのである。
生活の質が低下

「食べる力」の衰えは中年世代から始まっていると指摘する長谷医師=七尾市の公立能登総合病院 かめない食品を避け続けた結果、食事は柔らかい麺類やお茶漬けばかりで、炭水化物偏重に。これではカロリーは摂取できても、ほとんど栄養素が取れない。かむ力が必要な肉類なども食べなくなったため、筋肉のもとになるタンパク質が不足し、筋量が減って身体機能も落ちていく。
 さらには、食べられない物が増えたことで友人らとの会食が苦痛になり、出歩かなくなった。パートタイムの仕事も休みがちで、半ば引きこもり生活を送っているという。
 この女性のように、口のトラブルを入り口に、坂道を転げ落ちるように生活の質が低下していく例は増えており、歯科業界は5年ほど前から「オーラルフレイル」という言葉を掲げるようになった。
 フレイルは「虚弱」を意味し、筋量の減少などで身体機能が衰えた状態を指す。昨今、介護予防のキーワードとしてよく耳にするが、それをオーラル(口)の領域に絞った考え方がオーラルフレイルだ。
 「オーラルフレイルが身体的フレイルを導き、引きこもりなどの社会的フレイルに陥いる。さらには認知症などの早期発症を招く認知的フレイルも懸念されます」と長谷医師が言うように、食べる力の衰えが、老化に伴う多様な問題を連鎖的に加速させることが明らかになってきたのだ。
「総合力」を測る

 オーラルフレイルとセットで「口腔機能低下症」という用語も知っておきたい。日本老年歯科医学会が提唱し、2018年に健康保険の対象となったばかりの、新しい「病気」である。
 口腔機能低下症は以下の7項目で診断する。▽かむ力▽舌の筋力▽舌や唇の運動機能▽食べ物を口内ですりつぶす能力▽のみ込む能力▽舌などの汚れ▽口の乾燥−のうち3項目以上で診断基準を下回る場合、医療的な介入が必要な状態と見なされる。
 これは、いわば食べるための「総合力」を測るものであり、従来の歯科医療のあり方を根本から変える意味を持つと長谷医師は強調する。
 「うまく食べられないという訴えに対して、これまでの歯科業界は入れ歯を作っておしまいだった。歯しか見ていなかったんです。これからは口の機能全体に目配りしなければいけない時代がきます」
 口腔機能低下症は歯科医の間でも認知度がまだまだ低いという。潜在患者や予備軍をいかに拾い上げ、治療のレールに乗せるか。独居の高齢者が増え続ける能登では、ことに喫緊の課題となりそうだ。