丈夫がいいね
(2543)脳と心の健康学 会話の効用(下) 緩やかな「ラリー」が鍵 内なる対話を促す
 「話し上手(じょうず)の聞き下手(べた)」ということわざがあるように、語りは流ちょうでも、他人の話をよく聞かないという人がいる。すぐさま身近な誰かの顔が思い浮かんだかもしれない。思いのほか、世に聞き下手は多いのだ。
 情緒のこもった会話がストレスを軽減し、脳の機能を整える仕組みは前回に触れた通りだ。会話は「言葉のキャッチボール」といわれるが、今回はテニスで例えてみたい。鬱々(うつうつ)とした心を癒やす会話の鍵は「いかにラリーを続けるか」であり、その点で聞き役の立ち回りが重要になってくるのだ。
答えはいらない

親子で楽しむテニスのように、緩やかな言葉の「ラリー」が心の癒やしにつながる これは、うつ病や統合失調症の人と接する時の「鉄則」でもある。金大附属病院神経科精神科の金田礼三助教は「対話を続けること自体が目的であり、悩みを解消するための答えを見つける必要はない」とし、相手が「分かってもらえた」と感じる傾聴の姿勢が肝心だと話す。
 がん患者の緩和ケアにも携わる金田助教によると、どう接してもらった時に不安や苦悩が和らいだかを患者に尋ねたところ、「病気以外のこともよく聞いてくれる」と答える人が多かったという。
 ある患者から「好きな音楽を頭の中で繰り返し流して、つらい時間をやり過ごしている」と打ち明けられた時のことだ。自身もフォークソングを愛好する金田助教は「話してくれたことがうれしくて、気持ちが通じた印象があった」という。
 「聞かせてくれてありがとう」という素直な思いを患者に伝えた時、「なんだか、おなかの辺りが温かく感じた」と金田助教は言う。医師の立場から助言したり、解決策を示したわけではないが、このやりとりを通して、患者も、自身も気持ちがスッと楽になる実感があったそうだ。
 終末期の患者は「生きている意味がない」と気がふさぎやすく、抗うつ薬が必要になる場合もあるが、丁寧な傾聴によって、薬に頼らずに済むケースも少なくないという。
不安を外に出す

 会話しているのは、相手と自分だけではない。金田助教は「自分の言葉を自分で聞いて『ああ、こう思っていたんだ』と自覚することがある。内的対話といいますが、聞き手はそれを邪魔しないようにすることが大事です」と話す。
 人は漠然としたものを必要以上に恐れ、肥大化させてしまう性質がある。内にあるモヤモヤしたものを言葉に換えて外に出すことで客観視し、不安や恐れの正体を「実寸大」で把握できるようになる。脳科学では、これを「メタ認知」という。内的対話の狙いはここにある。
 対話を中心とした、薬をできるだけ使わない治療的介入の手法として注目される北欧発の「オープンダイアローグ(開かれた対話)」も、前述したような考え方が軸になっている。
 こうした対話のあり方は、自分や周りの人たちの心が弱った時のコミュニケーションにも応用が利きそうだ。
 緩やかな言葉のラリーを続けるうち、苦悩する本人が、ふと悩みの出口を見いだすことがある。「それはこうだと思うよ」と問題の本質をズバリ指摘する「スマッシュ」も、「逆にこう考えたらどうかな」と意表を突く「ドロップショット」もいらないのだ。テニスクラブのコーチのように、柔らかい軌道の球を打ちやすい位置に返してあげる。聞き役になった時は、そんな接し方を心掛けたい。