丈夫がいいね
(2473)網膜色素変性症(下) 「5円玉の穴」で見る世界 OEK藤井さん、支えを糧に
 先月26日、本格的に公演活動を再開したオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)。設立時からのメンバーであるトランペット奏者、藤井幹人さん(54)は約20年前、「網膜色素変性症(もうまくしきそへんせいしょう)」と診断された。
 網膜の視細胞が徐々に破壊され、最悪のケースでは失明する。現在のところ進行を食い止めたり、治療する方法はない難病だ。
車にこすった跡

公演に向け、トランペットの練習に励む藤井さん=金沢市の石川県立音楽堂 現在、視野はどのような状態なのか。「世界を、5円玉の穴を通して見ている。机に置いたスマホも、元の位置からずれてしまうと、途端に分からなくなる」。藤井さんが説明する。
 目の病気を疑うようになったのは30歳を過ぎたころ。家族からの指摘がきっかけだった。妻の示した指先がどこにあるのか分からない。不安を感じた妻の勧めで、病院を受診した。
 「それまでは当たり前だと思って気にしていなかった。ただ、今となれば、確かに以前から人と違うところがあった」という。
 今でこそトランペット一筋の藤井さんだが、中学で最初に入った部活動は、ソフトテニス。しかし、うまくラケットにボールを当てることができず、吹奏楽部に変わることにしたのだという。
 大学生になり、車の免許を取得してからも不思議なことがあった。視力は1・0で、注意深く運転しているのに、車体には、壁にこすった跡がよくついていた。藤井さんは「どんくさいだけだと思っていたが、既に病気が発症し、視野が狭くなっていたのでしょう」と話す。
 金大附属病院での検査を経て、網膜色素変性症と診断された時は「自分で調べていたので『やっぱり、そうか』という気持ち」だった。悲観するよりむしろ「人と同じことができるように頑張ろう」と覚悟を決めたという。
 とはいえ、簡単なことではない。演奏時、指揮者と譜面を交互に見ようとすると、藤井さんは視野が楽譜の2センチ分程度しか見えないため、指揮者を見た後に視線を譜面の元の場所に戻すことが難しい。オペラでは、「奈落」と呼ばれる一段下がったところで演奏するが、暗がりとなるため、ライトを増やす必要がある。
 藤井さんは譜面を見なくて済むように、徹底的に覚え込む。「初めての、しかも難しい現代曲だと、正直もうだめかなと思うことがある。でも、自分がまだ、トランペットができると証明したい」
 体調によって、見えづらい日もあるが、やり遂げたときの達成感が、病気とともに生きていく力になっている。
マラソンに挑戦

 50歳を過ぎてマラソンを始め、昨年の金沢マラソンでは自己ベスト3時間34分47秒を記録した。「マラソンなら伴走者、演奏ならOEKメンバー、日々の暮らしなら家族。隣に誰かがいてくれるからこそできる」と力を込める。
 誰かは見知らぬ人でもある。藤井さんは、外出時に白いつえが手放せない。そんなとき「何か手伝えることはありますか」と声を掛けてくれる人が何よりありがたい。
 難病は、一人の人間としてどう生きるかを問いかける。前向きな気持ちと周囲の支えを糧に、藤井さんは力強い音色を響かせている。